【回想記】最初の水槽~疑問を覚えたザリガニ凍死事件

私に物心がついたというか最初の記憶は、2歳と8ヶ月の時から始まります。1977年5月のことか。

最初の記憶については今回の話に関係ないので置いといて、

記憶が始まった辺りには、すでに私は水槽で魚を飼っていました。記憶をサルベージすると、あれは45cm規格水槽(横幅45×奥行24×高さ30cm)、金魚を飼っていました。
当時は親の言いなりの飼育で、ヒーターなしでエアポンプによるエアレーションで水草無し、砂利もなしで飼育していたと記憶しています。
飼育していた金魚は和金で、これは当時八戸市八日町の長崎屋の6階(?)にあったペットショップで飼ってきた金魚だと思われます。金魚すくいで捕まえた金魚も含まれます。
何度も死んで買い足して、ということを繰り返しての飼育でした。

その頃の私の理想とする水槽は2つありました。

1つは従兄弟の家の金魚水槽、もう1つは友達の家の金魚水槽。
どちらも金魚が死んでいる場面に出会ったことがなく、当時の私には理想の水槽のように映っていました。まぁ実際には死んでいたかも知れませんけどね。

長崎屋のペットショップで店員に教わり、親の言う通りに飼育していたあの頃、でもその飼育法に疑問を初めて感じた事件がありました。

あれはたしか小学校2年の時、当時ステンレスフレームの60cm規格水槽(60×30×36cm)でザリガニを飼育していました。
2匹のザリガニはやがて卵を生み、孵化した稚ザリガニが母ザリガニのお腹で動いていたのを思い出します。
親は保温対策もしてくれました。寒くなると光が灯り、水温が上がる機器を設置してくれたのです。
だから冬のはじめに生まれたザリガニは、寒い中でもスクスク成長していきます。

そのはずでした。

2月になると、水槽が凍りました。光が灯っているので水を温めているはずなのに、寒さが厳しかったからか丸ごと凍っていました。
金魚が凍っても春になると生き返ることがあると知っていた私は、春になればザリガニも生き返るのではないかと期待しました。
でも春になっても生き返らず、臭いニオイを出して腐ってしまいました。
信じていた親の言う通りに飼育して上手くいかず、この時はじめて「飼育法がおかしいかもしれない」と疑問を覚えました。

それから数年してある出来事で自分で調べて考えて判断するようになり、この時に何が起こったのかを知りました。
親が水を温める機器だと言ったのはサーモスタットで、水を温めるヒーターのON/OFFをコントロールする機器であり、サーモスタットだけでは水を温めることは出来なかったのです。

残念ながら親の言いなりだった子供は、自ら調べて考えることを知らぬがゆえザリガニ親子を凍らせて殺してしまいました。
そしてそれは同時に、それまで死んでいた金魚も飼育法が悪く殺してきていたのだということも意味していました。

いま思い返せばこの時の出来事が、私の水槽管理法に対する最初の転換点だったと思います。

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