琵琶湖で外来水草除去
2006年4月29日
魚介類の生息環境改善 琵琶湖で水草除去(Web東奥4/28)
琵琶湖で外来水草を駆除しているそうな。
うーんと…とりあえず外来種がいないことがベスト。
ただね、リンク先時の「湖底から取り除く」っていう辺りからすると、たぶん根を張るタイプの水草よね?
琵琶湖で外来で根を張ってとなると…オオカナダモ(アナカリス)辺りかな?
たしかにあれは根を張っちゃうとでろ~んと長く湖面を覆う事も有り得るし、冬場もそこそこ枯れずに残る可能性がある。
ただ問題はもっと他の部分にあるのでは? とも思った。
琵琶湖の場合は在来種…特に在来の小型魚などの激減によって植物プランクトンなどの消費が減り、植物と大型魚の二極化に陥っているのではなかろうか。
つまり少し前の記事でも書いたのと同じ様に、食物連鎖のピラミッドが崩れ始めているのでは? と思えるのです。
とするとやはり、外来魚等の駆除と平行して行う必要はあるかと思われます。
あとは水草が繁茂するからには、少なくとも水の富栄養化もある程度は起こっているのではないだろうか。
そこいらを考えると、水草云々以前の水質改善という問題にも取り組まねばなるまい。
さらに「冬も枯れない水草で酸素不足やら泥がたまるやら云々」という辺りも、結局は水の富栄養化と食物連鎖の中間層不足によって加速しているのではと思える部分が少なからずある。
と考えると、ある種の植物に夜積極的硝酸塩消費(水の富栄養化対策)と、その植物の刈り取りによる人為的な硝酸塩の陸揚げ(植物腐敗による水の再富栄養化防止)ってのが効果的ではないかな、と思った。
つまりアシとかカヤとかを沿岸に植えまくり秋には刈り取る、ある意味昔の日本のありふれた光景よね。
ということで、いろんなモノで複合的な対策になるように願っております。
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こんばんは^^;
かなり遅めのコメントですが、お許しくださいm(_ _)m
素敵な宇宙船地球号という番組でビクトリア湖を取り上げていたらしく、今週の日曜日には琵琶湖についても取り上げるそうです。
調べてみるとビクトリア湖も草食性の魚が肉食性のナイルパーチに捕食され植物の減少→藻類の増殖などで生態系が崩れてしまったことか。
生き物、環境・・・微妙な関係で成り立つ生態系は何もしなくても変わってゆくのかもしれませんが、人為的に壊してしまった部分はできる限り何とかしてゆかないと思いも寄らない影響が出るのかもしれません。
まずは問題を知るところから でしょうか。
>アシとかカヤとかを沿岸に植えまくり秋には刈り取る
なるほど。。。
やっぱり昔の人は凄い。。。いえ、今が異常なだけかな。。。
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この前の地球号、ついに外来魚問題を扱いましたな。
しかもいきなりブラックバスではなく、ビクトリア湖における外来生物ナイルパーチの問題、俗に言う「ビクトリア湖の悲劇」という人類史上最大とも言える外来魚被害を扱った辺りはさすがだと思いました。
個人的な見解を述べると、ビクトリア湖の事例はいろんな意味で残念な事に思いますが、もろもろ考えると避けられなかった現象に思います。
かつては外来種の移入の悪影響などは、ほとんど論じられることはありませんでした。日本でもかつて食料目的で移入された生物が幾つもいますが(アメリカザリガニやウシガエルなんか有名ね)、それらもまた環境への影響を考えずに移入され、日本の自然に適応し在来種を駆逐してきた歴史がある。
これらは正直、人類が無知であったという意味で仕方ない部分もあると思う。おまけにビクトリア湖の場合は水産資源となりやすい魚種が乏しかった(小魚が多かった)という意味で、ある種の豊かになる為の手段でもあったので尚更やむなし、という感じであると思う。
そういう意味で「ビクトリア湖の悲劇」は忘れてはならない実例に思いますが、仕方ない部分もあると思う。
でも日本のバス問題は違う、遊びの為にあちこちに放しているだけであり、食糧確保とかの人の営みの為ではない人のエゴの結実でしかないわけです。
さらにそれを「自然を愛する」という人辺りの良い文句を使ってごまかし、実際には在来種を駆逐し漁業資源を減らしている事実から目を背けている。
そのことに気付かねば、この問題のスタートラインにすら立てないのでは? とも思えるのです。
ちなみに、
アシやカヤのやつは実際に河川で実践しているところもあるようです。
うちの水槽の水換えなしも理論的には同じね、浮草に硝酸塩吸わせて間引く。
まぁうちの水槽はどうでもいいとして、昔の日本は人類史上でもかなりリサイクルに特化した文化でして…江戸なんかもとんでもないリサイクル都市でして、人糞すら無駄にしないぐらい徹底していたんすよ、ヨーロッパじゃ考えられないほどある意味進んでいたのよね(同時期のヨーロッパでは道路にウンチぽいしてた)。。
そういうのを見直す事も必要かな、と思ったりもするのです。