北九州市の邨田貯水池でアリゲーターガーらしい魚が目撃される
「肉食魚」情報でボート貸し出し中止 北九州(asahi.com社会6/13)
北九州市若松区の邨田貯水池で、アリゲーターガーとみられる魚が目撃されたそうです。
まだ存在が確認されたわけでもなく、仮にいたとしても3mほどにも大きくなるケースは少ないだろうし、また日本の水系では在来種を主な餌として食すだろうことから水面上の獲物まで捕食するとは考え辛いとも思えます。
それでも危険性がある以上は対応しなくてはならないので、今回のボート貸し出し中止と対策は正解なのでしょう。
それよりも問題なのは、やはりモラルのない飼育者が多く存在する事です。
今日もテレビで「タランチュラが見つかった」とか放送されており、コメンテーターが「飼育者は責任をもって云々」とか言っていましたが、その認識自体もまた甘いのだと思います。
生き物を飼育するということは飼育者の権利です。
自分が好きな生き物を飼いたい、好きな生き物を観察したい、そういう気持ちはいちおう人の権利として存在しています。
ただし飼育を開始したならばそれは権利にとどまらずに、その生き物を飼育する事に対して責任が生じ、その生き物を最後まで飼い続ける事、野に放さない事などの義務も背負う事になります。
生き物というモノは、地域ごとに若干の差異が存在します。
その差異は長い年月をかけて地域に適応した結果であったり、またその地域に生きる生き物が獲得した個性であったりするわけです。
例えばメダカ、現在ニホンメダカは絶滅が心配されている生き物の仲間入りをしています。
それをうけて「じゃあニホンメダカがいるところから捕まえてきて放せばいい」と安易に考える人がいますが、それは間違った認識です。
メダカもまた長い年月をかけて、環境にあわせて適応してきた生き物です。
寒冷地では寒さに強い個体が生き残り繁殖し、結果寒さに強いメダカという個性を獲得しています。それは同時に、寒さに強い遺伝子をもったメダカがその地域のメダカである、ということでもあります。
同様に、暑い地域では暑さに強いメダカが、水質が少し特殊ならそれに適応したメダカが、餌が少ない地域ではサイズの小さいメダカが、長い年月をかけてその地域に適した種として選別されてきたわけです。その延長線上にあるのが進化です。
そういう意味考えると、安易に他の地域のニホンメダカを放流するという行為は非常に危険です。
その地域にほそぼそと生き残っていたメダカがいた場合には、そのメダカと交配する事でその地域種の特性が薄れ絶滅する可能性も出てきます。仮に生き残っても、それはその土地本来のめメダカではなくなるわけです。
さらにニホンメダカがいない場所に放流したならば、そこに暮らす在来生物に影響を与える可能性もあります。
このことは飼育生物全般に言える事であり、飼育された生き物は基本的に自然界に放してはいけないのです。
ですから飼う責任だけでなく、最後まで飼い続ける義務ということを言及する必要があるのではないか、とそう思うのです。
安易な気も血で飼育し、人の都合で密放流され、人の手により駆逐される、
その犠牲者は全て飼育されている生き物です。
そのことを認識せずに飼育することは、生き物を不幸にしている自覚がないだけなのだと全ての飼育者に知って欲しいと思っています。