岩手から再処理工場視察へ+六ヵ所村長のインタビュー
海洋汚染懸念し原燃視察 岩手県の10市町村(Web東奥4/25)
岩手の3町村関係者が再処理工場を視察(デーリー東北4/25)
〈アクティブを聞く〉1 六ケ所村長(asahi.comMYTONW青森4/25)
岩手県の各市町村から六ヶ所再処理工場へ視察がきた、という話です。
アクアリストとしての意見を言うならば、全てが拡散するとはなかなか思えない部分もある。水槽下でも自然でも、たいていの場合は吹き溜まりのような場所は存在してしまうからです。
ただトリチウムが溜まる、とはちょっと思えない。また生物内に蓄積する可能性もまずないと思う。トリチウムに関して危険性を述べるとしたら、排出口周辺に生息する生物への影響でしょうか。
さらに排出口付近で言うならば、重い物質の方が沈殿して危険性が高いのではと思える。
プルトニウムなどは半減期がかなり長い上に比重が高いので水にも流れず排出口付近にどんどん沈殿していくと思う。
そこいらを考えると、ある意味岩手沿岸とかには影響はないだろうという答えにもならなくはない。
ただ結局は六ヵ所沿岸付近の海が汚染される、ということだけは確実なはずです。
あと六ヵ所村長のインタビュー記事、これは是非岩手県民にも呼んで欲しい。
というのもね、六ヶ所村や青森県民には少なからずソノ意識というものがあるのです。
ソレは「20年前には助けてくれずに、決まってしまってから運動されてももう遅い」という諦めにも似た心境です。
再処理工場については、もう20年も前からいろんな反対運動があったわけです。
でもね、元々六ヵ所村はそれ以前にもいろんな国策に振り回されてきたわけですよ。
石油備蓄基地がくるとかで土地売ったけど結局は実現しなくて、でも土地はないから農業とか出来ない人が出てきてしまった。
その後石油ショックの時に国策としての核燃サイクル立ち上げがあり、その場所探していた国がその時の土地に目を向けて再処理工場を建てようとした。
その時六ヵ所村を中心に、猛烈な反対運動があったわけです。おらが子供の時分にも八戸中心街の街頭でそういう活動している人がおったと記憶しておる。
チェルノブイリ事故もあって一時的に加熱はしたけれど、でもどんどん他県からの応援はなくなっていく。
当の六ヶ所村の人にしてみれば、土地はもう売ってしまい喰いぶちもない人もおるわけで、そういう人は仕方ないので再処理工場で働こうと苦汁の選択をした人もおるわけです。
そういう歴史があって煮え湯を飲むような心持ちで再処理工場と共に歩むことを決めたのに、今さら出てきて文句を言われても…もっと最初の時にやってくれないとさ、工場できてからやめろとか無理だべ。
ってのがリンク先の「どの程度歴史を持っている団体なのか。聞くと数カ月前に作ったという。私たちは21年前に協定を結び、10年くらい前から『稼働すればこうなる』とやっている(勝手に要約)」ってな発言の裏にはあるわけです。
もちろんそれと再処理工場の存在がどうなのかは別ですし、
また近頃になってようやく再処理工場のことを知った、という人もおります。
また報道があまり取り上げない、という部分も事実ではあります。
ただね、これまで国に振り回され続け、他県民からは何の応援もなく今に至った部分ってのもある、ということだけは理解してもらいたい。
青森県民も少なからずこの問題には昔からいろいろ考えていますし、当の六ヵ所村の人なんかは当然真剣に考え活動してきた部分があります。
だからせめて一部で言われている「青森県民はこのことを騒がない、無責任だ」という発言だけは…もうちょっと考えてもらえればなと思います。