眼鏡大人~ある日本兵の記憶~
私の祖父は80歳を超えている。
太平洋戦争にも徴兵された過去のある彼、私が聞いたその彼の話をしたいと思う。
太平洋戦争末期、私の祖父は中国奥地のある村にいたという。
とても小さな村で、村民全てを合わせても20名を超えるぐらいであったらしい。
そんな場所なので日本兵もさして常駐させられず、2名だけがその村で暮らすことになったそうな。その2名の内の1人がうちの祖父であったらしい。
その時のことを祖父は次のように語っていた。
「なんとか村人を怒らせないようにした。銃をもっていてもこっちは二人、弾の方が先に無くなる。それに食べるものもないので、村人となんとか仲良くするしかなかった。」
どうも祖父の話を総合すると、中国はあまりに広く奥地では占領とは名ばかりで、実際に配属されても食料もろくに届かず現地調達せねばならず、その上村人の不満があれば逆に返り討ちに合いそうな状態だったらしいのだ。
そのような理由で祖父達は村人と仲良くする必要に迫られたのだ。
しかしながら、当時日本兵は基本的に中国人に嫌われていたらしい。理由は言うまでもないのだが、中国人に対して理不尽なことをした日本兵が存在したからだ。
このような状況にあっても、祖父達は中国人と仲良く暮らしていたという。
その理由は祖父の職業にあった。
私の祖父は理容師だ。
家が床屋であった為に小さい頃から修行をつまされ、嫌々ながらも床屋を継ぐ方向だったらしい。
しかし床屋を継ぐ前に太平洋戦争が勃発し、赤紙召集が来て親に慌てて結婚させられ、「死んでこい」と祖父は送り出されたそうだ。
その技術を生かして無料で散髪し、村人の信用を得たらしい。
祖父はこんなことも言っている。
「中国の人は優しい人ばかりだ。占領してしまったのに食料も分け与えてくれる。他の地域がどうかはわからないが、あそこの人たちといた時はとても楽しかった。」
にわかには信じられない話だが、その村で祖父は楽しく暮らしていたらしいのだ。
子供達に「眼鏡大人、眼鏡大人(中国語で眼鏡を掛けた大人という意味らしい)」と呼ばれ、大人たちからは食料をもらい、祖父は命を奪うこともなくその村で平和に暮らしていたのだという。
だがそれも長くは続かなかった…戦況が悪化し、祖父は上海へ行かねばならなくなったのだ。
当時ロシアが攻めてくるという噂もあったと祖父は言うが、実際のところどうなのかはわからない。
ただ上海でも祖父は中国人の髪を切り、出来るだけ中国人と仲良くしていたんだそうだ。
そして8月15日、日本は降伏し、中国で日本兵へ復讐が始まり、祖父達は中国人の集団に襲われたと言う。
その時にある中国人が祖父をかばって、次のようなことを言ったという。
「この人は中国人を殺していない、この人は殺してはいけない」
祖父が髪を切ったことのある人だったらしい。
祖父は助かったが、見せしめ処刑などをしていた人はほとんど殺され、そして抑留生活が始まったのだという。
それから1年ほど後に祖父は日本に帰り、父親に「何で生きて帰ってきた!」と言われてガッカリしたそうである。
その時のことを祖父はこんな風にも言っていた。
「おれは運がよかった。上官に中国人を殺せと何度も言われたが、殴られても蹴られても殺さなかった。床屋が出来るのがおれだけで、かなり上の上官の覚えがよかったから何とか見逃してもらえたんだ。そうでない人は中国人を殺さないと自分が殺されるので、泣きながら上官の命令に従った…その時に仕方なく命令に従った人も、終戦の時に中国人にたくさん殺された…」
その時の祖父の言葉は怒りでも悲しみでもなく、ただもう戦争は嫌だと言っているように聞こえた。
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終戦の日を前にして、りうかさんのお爺様の話は心が痛みます。
本当に…いかなる理由があるにせよ戦争は御免ですね。
僕の父も海の上で実際に戦ってた一人です。
子供の頃から毎年毎年くり返し悲惨な戦時中の体験談を聞かされたものです。
子供心に、自分が生きている今はなんて幸せなんだろうと思ったものです。
この普通の幸せな日々がずっと続くことを祈りながら終戦の日を迎えたいと思います。
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NHKの特番というか討論番組みたいのを見ました。
http://www.nhk.or.jp/korekara/
↑たぶんコレなのかな、なかなか興味深く見させて頂きました。
「戦争は嫌だ」、というのが今の日本人の大多数の考えだと思いますし、アジア各国も同じ思いなのでしょう。
ただいろんな国の人ごとに微妙に主張が違っており、それを聞くことができてとても良かったです。
ただ一部の日本人の主張だけがとても癇に触った…特に「南京大虐殺が全てでっちあげだ」といったあの女の人にすごい不快感を覚えたんすよ。
正直誇張はあると思う、30万とかは実数値よりも大きいと考える方がむしろ自然、たぶんそれは諸外国も認めるところ。
ただそれをもちあげ「南京大虐殺自体がなかった」とかいう理由にはならない。単に数値が限りなく怪しいというだけですから。
なんかあれを思い出した、ネッシー写真捏造騒動。
ネッシー写真は私達が捏造したとイギリスだかの人がカミングアウトした時、日本人の少なくない人がネッシーそのものがウソだと思い込んだ。
でもその写真は当初から怪しいと研究者の間で言われ続けたもので、おらを含む詳しい人は「やっぱりか(=ω=」と思っただけのことだった。でも勝ち誇ったかのように「ネッシーなんていねえんだよ(@ロ@!」と吹聴する人がおらの周りにもおったし、マスコミなども「ネッシーはいなかったんですね」とか言いおった。
でもね、それはその写真が捏造だったということであり、ネッシーが実在するかどうかはまた別問題なのよね。
なんかとんでも話しているように聞こえるかも知れないけれど、実はこういう違いを実感出来るかどうかって事実を事実として受け止められるかという違いと同じに思います。
南京攻略で日本軍が中国人を殺したことと、その時の写真が捏造写真らしいということは別に考えること、
30万という数字の真偽と、南京大虐殺が起こったかどうか自体とは同じ様で実はまったく別問題、
靖国参拝問題の論点はA級戦犯が祭られそれを総理が拝んでいると受け取られていること、靖国神社自体はいちおう今は戦車とか置いてある普通の神社でそれを成り立ち云々にさかのぼって結びつけるのはまた別問題、
そういう同じ様で違うことをごっちゃにする人がおったこと、日本人としてものすごい恥だと思ってます。自分の意見を言ってるつもりっぽく見えたが、伝聞請売りを並べたぐらいにしか聞こえんかった。
なまじ知識があるだけで人の言葉を鵜呑みにし、自ら咀嚼し事実を見極めて、さらにその歴史の裏に流れる人の想いを判断する、ということが出来ないのに出来ていると思い込んでいる人種をおらは大嫌いです。
あぁ…おらもその一人か…orz
まぁ思うところはいっぱいあるが、とりあえず中国は対日教育やめた方がよいとおらは思う。史実は史実として伝えるべし。
それと、日本で似たようなことを考える人も自重した方が良いと思う。そんなでは人のこと言えんがな。
自国にプライドをもつことと、自国の非を見ないふりすることとは意味が違います。
先祖の非は頭を下げる、その上で「おら仲良くしたいだす( ̄~ ̄」とちゃんという、そしてマスコミ一部だけ取り上げて騒がない!
と、おらは番組を見て思った。
あとおらのじさまの話では、南京でたくさん中国人が殺されたことは戦争中「噂」で聞いており、詳しくは終戦後に知ったとか言ってた。