各キャリアの年度別純増数推移

2005年度の純増トップはau、3年連続──TCA(ITmedia+Dモバイル4/7)

ITmediaで年度別ごとの純増数が表にされていました。
Butしかし!(二重表現)
「携帯でもPHSでも同じキャリアなら一緒にしようよ方式」を勝手にやっているみどりうかとしては、当然納得いくわけもありません。
ということで、勝手にまとめて表にしてみました!

ドコモ全体KDDI全体ウィル
コム
ボーダ
フォン
アス
テル
携帯PHSauツーカー
1999年度+555万0000+216万5700-16万5000+198万7200+700
+545万8000+9万2000+156万2200+60万3500
2000年度+723万4100+132万0900-16万9000+181万1600-6万7100
+686万3100+37万1000+86万0300+46万0600
2001年度+490万2000+116万6000-18万1300+225万4200-7万2500
+479万2000+11万0000+122万8700-6万2700
2002年度+290万3400+172万6800+3万3600+173万1300-3万5800
+313万7400-23万4000+183万4900-10万8100
2003年度+208万3500+275万8200-7万8500+103万9100-15万1600
+217万9600-9万6100+290万9700-15万1500
2004年度+221万9000+254万1400+13万4600+8万9300-51万6000
+249万6800-27万7800+258万3600-4万2200
2005年度+1775700+230万6500+86万0400+16万9200-10万2000
+231万8700-54万3000+315万6900-85万0400


まずドコモに注目、
2001年度までドコモは鬼のように加入者数を増やしています。
これはかつてエリア最強だったドコモ(=MOVA)が全国的に選ばれた時代の数字です。
その昔地方では、MOVAがとにかく繋がった。それはもう他キャリアは太刀打ちできなかったわけです。
しかし2002年度以降の実質純増数は300万を割っていき、2003年以降はauに負け続けているわけです。
これはつまり、ドコモがかつての資産(古くからの契約者数)で現在のシェアトップを維持しているという意味であり、ここ数年の純増数ではauに遅れをとっている、という意味でもあります。

ではそのauに目を写すと、2001年度まではドコモどころかボーダフォンにも大きく引き離されていたわけですが、2002年度以降は大きな純増に転じています。
対してボーダフォンは、かつてJ-フォン時代の「写メール」でauよりもむしろ攻勢だった時期もあったにもかかわらず、2003年度には失速、ここ2年などはわずか純増27万弱とシェア2位のauに大きく溝を開けられています。
ここからもauの躍進とボーダフォンの失速が見てとれるわけです。

さて、みどりうかとして注目するのはやはりウィルコムです。
1999年度以降純減が続いていたウィルコム(当時のDDIポケット)、その背景にはPHSの雄たるはずだった「NTTパーソナル」が「NTTドコモ」にあっさり吸収されたこと、ピッチブームが過ぎ去ってしまった事が関係しています。
その後AirH”(現AIR-EDGE)でなんとか凌ぐもKDDIの「音声はau手動だからじゃましないでね政策」によって不遇の時代をすごしました。
しかし2004年度、京ぽん(AH-K3001V)の登場によってウィルコム(当時のDDIポケット)は息を吹き返します。
さらにKDDI傘下を抜け出したウィルコムは「ウィルコム定額プラン」や久しぶりの本格的音声端末「WXシリーズ」数機種導入、さらに初の国産スマートフォンとも言える「W-ZERO3」の投入で2005年度の86万増を実現したわけです。

今後この数値がどう変動していくのか、
既存キャリアのシェアはこのままなのか、
あるいは新規キャリアがどれほど食い込んでくるのか、
今はまだわかりません。

ただ1つだけわかっていることは…
アステルはもうすぐ完全に終わるということだけです(;-;
さよならアステル、おら昔ラジオ付き端末出た時にはすごい期待してたんだよ…(;~q

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